#author("2026-11-04T04:41:36+00:00;1970-01-01T00:00:00+00:00","default:admin","admin") #author("2026-11-04T04:50:04+00:00;2026-11-04T04:41:36+00:00","default:admin","admin") [[FrontPage]] エタイさんの生存戦略の源泉は幼少期のいじめにあることはこのWiki上の至る所で述べているが、この生存戦略は誤ったものではなかった。しかしそれが長年見落とされてきたことから、様々な生きづらさを生み出してきた。アディクションもこの生きづらさから生じたものだが、外面で起きていることが普通の依存症者と同じでも内面で起きていることが全く違うため、普通の依存症治療では説明不可能な事象が増えすぎた。&br; 一言で言えば、私は生存戦略の設計思想が他の依存症者とは根本的に違い、ゆえに「古い生き方」ではなく''「新しすぎる生き方」''で人生を詰んだのである。この分岐が幼少期にあり、そこから私は独自の発達を遂げたと言えるだろう。私はガラパゴス発達障害者である。 一言で言えば、私は生存戦略の設計思想が他の依存症者とは根本的に違い、ゆえに「古い生き方」ではなく''「新しすぎる生き方」''で人生を詰んだのである。この分岐が幼少期にあり、そこから私は独自の発達を遂げたと言えるだろう。私はガラパゴス発達障害者である。 * 幼少期のいじめによる設計思想の構築 [#m25172f8] 私の幼少期のいじめが過酷だった要因は僅か6歳から6年間も不特定多数からの被虐が続いたことにあるが、それだけでは生存戦略を説明できない。不特定多数からの被虐ゆえに''特定人物への恨みのロールモデルがない''ため、怒りを向けるべき対象が最初から不在で、怒りをぶつけようがなかったどころかぶつけるべき怒りに気づくことすらなかった。このため''人間関係を生存戦略の基礎にすることがそもそもできず、ゆえに支配-被支配の関係すら構築することができなかった''のである。