アディクション以外の問題

女性不信の弊害が顕著に出る領域

エタイさんの生活リズムは長年の間つねに不安定である。これは発達障害の構造に起因しているのみならず、女性不信が原因として大きなウエイトを占めている。
女性(環境)からの被虐によって、自分の存在自体に「許可」が手放せなくなってしまった。このため、女性との関係性構築が延長線上にあると考えられる行動ほど許可制〜禁止に分類されることになり、これを許可するために発達障害の構造上で莫大な認知負荷がかかるようになってしまった。

私にとっての女性不信は単なる異性への恐怖ではない。「女性(カテゴリ)=世界」から存在そのものを排除され続けたため、発達障害の構造の中に女性不信に基づいた防衛戦略が徹底的にインストールされている。このため脳機能レベルで女性との接触を危険と感知するように設計されてしまっている。本稿では「女性=世界」と読み替えるのが好ましい。女性不信はそのまま世界不信である。
生活全般に女性不信の影響がモロに出るのは、単に女性の矢面に立つのに必要なコミュニケーションや清潔感維持が擬態可能なものであるのに対して、女性と深い関係を構築するのに直結する「安心する」「休む(無防備になる)」「感情を出す」等の神経系を調節する行為が擬態や警戒を解く性質のものだからである。それは私にとって女性からの攻撃をダイレクトアタックで受ける自殺行為であることを意味するため、神経系を調節する行為全般が破綻して生活リズムが崩壊するのである。

スマートウォッチの数字が意味するもの

以下の画像はある休日のストレスレベルの推移である。スマートウォッチは、GARMIN Instinct 2 Dual Powerを着用している。

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各時間帯の特徴を列挙する。

就寝している時間帯だが、4時頃まで入眠判定されていない。そして4時頃から急回復が始まるが、回復が鈍くなっている。
いわゆる「睡眠ではなく気絶」である。神経系が限界を迎えて強制シャットダウンしている。

起きた瞬間から高出力になっている。日中は自宅でゆっくりしているのに常時50 - 75%を記録している。また、午前中よりも午後のほうが不安定に上下している。
これは夕方に市役所へ行く用事があったことによる。市役所は「予期される世界評価」の場になっているためで、それに備えるためにストレスレベルが上がっている。
元々ゆっくりしているのにストレスレベルが高いのは、起床した瞬間から既に戦闘モードが起動しているからである。生きていること自体が「世界」と対峙しているので神経系が外側の異常を常時監視しているモードが解除されない。監視モードは後の予定に合わせて強まる一方である。

市役所への用事に出ていた時間帯。仕事上の予定であるが、担当者が女性であることを相まってストレスレベルはカンストしている。

自助グループに参加する時間帯である。興味深いのは、同じ移動でもストレスレベルが下がっていることである。
SCAは私が幾つか通っている自助グループの中では最も役割を担う側面が大きいため、神経系が「流れる(消耗が起こらない)」のでストレスレベルが下がる。これは通常の対人ストレスとは逆の傾向で、役割を持っていることで存在の許可(可否)から一時的に解放されている状態である。SCAの場にいる時は特にその傾向が大きく出るのでストレスレベルが下がりやすく、ミーティング等で活動している時に休息状態になることが珍しくない。

全体的な傾向

特徴的なのは、神経系の高負荷状態と低負荷状態の二極化していて、休息の行為中には高負荷がかかっていることにある。そして低負荷状態の時には身体が動いていることが多い。
身体の負荷がかかっている時には神経系が落ち着いていて、休息を取っている時には神経系が暴走している。そのため休息が事実上成立していない。まさに「生きてるだけでアスリート」状態そのものである。

発達構造が世界への恐れに及ぼす認知負荷

女性不信の最大の弊害は、日常生活そのものが「許可制」になっていることにある。つまり私が日常生活を送ること自体が無条件ではなく、生活上の行動の一々に対して「自分が存在して良いかどうか」を「世界」に対して問う必要性を挟んでしまっている。
そこには世界に対する基本的信頼感の欠如が原因としてある。自分がこの世界に存在して良いという感覚がないため、存在の可否を行動の一々に対して確認が必要なのがデフォ化していることが、認知負荷が高くなる要因になった。

モデルケース型と環境型の認知負荷の違い

重度の女性不信#yc1c4261でも述べたが、生きづらさを抱えるパターンはモデルケース型と環境型の2つがあると考える。

複雑性PTSDを抱える人が日常生活に恐れの感情から実行に認知負荷が重くのしかかるのは両者ともに同じであるが、恐れの感情の及ぶ範囲が違う。
AC等は虐待してきた相手がモデルケースとしてインプットされているため、特定人物を想起させるタイプの人間に対峙した時という限定的・局所的な範囲で存在否定など恐れの感情からトラウマ反応が起こる。よって、その想起が起こらない場面(一人で自宅にいるときなど)では普通に生活することが可能であることが多い。
しかしエタイさんは、不特定多数という自分を取り巻く世界から小中9年間にわたって被虐されてきたため、「女性全般」と「世界」が同一化されてしまっている。よって、その場に女性がいるかどうかに関係なく、生きているだけで「その空間」に対して存在否定の恐れが発生しトラウマ反応が常時出ている。このため一挙手一投足すべて(睡眠やリラックス等も含まれる)に対して存在の許可申請が強制的にかかり、それを通すために莫大な認知負荷がかかる。


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