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生活上の問題の概要

汚物扱いされたトラウマはすべての行動に深刻な影響を及ぼした。その核には、汚物扱いによる存在否定で刻まれた「自分は汚物」の前提を浄化しようとすれば自分で自分を存在否定することになる自己矛盾があり、まさに「呪い」として行動がすべてトラウマを再演する構造になっている。
この呪いは、「呪い」と認識することで自分の中の問題から目を逸らして外に原因を求める結果になりやすい点も含めて呪いである。したがってこれは呪いであって呪いではないことを認識する必要があるが、それを阻む生存戦略が確立している。

AC界隈ではよく「毒親の呪いを解く」といった響きのいい言葉が使われてきたため、ネットに生存戦略を移していた私はそれに大いに感化されることとなった。それは様々な問題を顕在化させてきた。アディクションから離れても楽にならなかった理由がここにある。

発達障害の特性に起因する構造

私はADHD/ASDを診断されている。また、LDの傾向があるとも言われている。しかし実態は発達障害の枠では収まりきらない実態を抱えていて、その特殊性により、一般的な発達障害と同様の特性を持ちながら原因がまったく違うところにある。
このため、対処の方法論が通常とは大きく異なる。この実態がわかるまでにいろいろな対策をしてきたが要領を得ないことが多く、決定打になるものがなかった。

一般発達障害との違いをざっくり箇条書きにする。

構造が把握できた現在も生きづらさを解消する決定打になる出口戦略がない。これは私のケースについて社会や福祉が想定外の事象であることが要因として大きい。神経系に直接影響が及ぶ構造になってしまっているため、対策を打つと逆に悪化することのほうが多く、本末転倒な結果になりやすいのが実態である。

私の脳機能構造をざっくり図にすると以下のようになる。

addiction_structure (highway).png

おおよそ、アディクションやそれ以外の問題はこの図で説明がつく。大容量ワーキングメモリに端を発した構造であることから、すべて生データの大量流入が第一の原因である。生データが膨大すぎて意味づけが不健全になりやすく、それによって自分の存在が確認できる感覚を出力して"まやかしの存在証明"に耽溺していた。これは一時的なものでしかなく、生存のための存在証明の代替になっていたので繰り返されて強化されたのである。

アディクション/場所ワーキングメモリ言語理解/知覚推理処理速度
覗き行為生身の身体を見ることによる強い生データの流入存在否定の意味づけをスキップ「消えていない」という身体信号の出力
ガチ恋・恋愛依存安心・意味・価値が巨大なパケットとして提供される相手の都合/結末・リスク をスキップ相手の反応による「重要視されている」感覚の出力
過食「食べる」行動により生データを物理的に流し込む食べる理由と満腹感をスキップ身体が埋まっている感触による自分の存在感の出力

各アディクションについてはアディクションと生存戦略を参照。

ワーキングメモリは本来、処理速度の出口に出力待ちのデータが待機している場所である。しかし私は出力できなかったデータが待機のみならず言語理解と知覚推理で意味が付加されて(あるいは付加待ちで)常駐している。これらのデータの内容は未処理の感情や安全/危険情報で、出力されずに溜め込んでいると容量が埋まってしまう。
ワーキングメモリが満杯になっても外界からの刺激(生データ)は流入してくる。しかしワーキングメモリ内のデータが凍結されていて言語理解と知覚推理が役割を失っているため、後から流れてきた生データを意味(文脈など)を付加できずに処理速度にそのまま投げて出力することになる。これが言語レベルでは「額面通りに受け取る」や「冗談が通じない」として現れるが、言語理解/知覚推理の機能不全により意味づけがスキップされて、生データがそのまま言動として出力されることにより、生活上に様々な支障をきたす結果となる。
この出力のうち、即効性が特に高い言動出力がアディクションとなってしまい、それ以外の生活上の行為の言動出力がアディクション以外の問題として出力されているのである。

生活の困難の全貌

私の生存戦略の核は、自分の存在を確認するために物事に意味を保持することに尽きる。この意味が失われてしまうことは自分の存在が奪われてしまうことと同義である。したがって、自分の存在に直結すさせるために物事に付加した意味を喪失することが恐れの感情の核になった。
この意味付けの保持は、役に立たなくなっても更新されることなく、そのまま私の行動原理に居座り続け、様々な問題を引き起こした。その主なものを以下に列挙する。

スピリチュアルバイパス

重度の女性不信

私の女性不信は発達障害の構造に起因する問題の中では最も広い影響力を持っている。これは原体験が「特定の女性」ではなく「学年の女子全員という不特定多数」からの被虐によるゆえに女性全般というカテゴリ(世界観)から見放され続けた経験に基づくもので、世界そのものを相手に対峙しなければならないからである。

最大の特徴は、女性との共存の場では自分の存在が未確定状態になるところにある。というのも、幼少期の女性からの対応が不特定多数かつ不安定だったために評価が確定しなかったことで、親子関係の形成より先に自分の存在の土台の未確定状態が確定してしまった。このため男女の共存が望ましい社会を生きるための主体性を失い、他者の名前を呼ぶことができなくなっただけでなく一人称すら他者の前で使えなくなってしまった。
自分の存在が未確定状態にあることは、他者との接触に関わることに多大な影響を及ぼしている。一人でできる趣味ですらネットとの繋がりがあるためにどこでどう評価されるかの想定がワーキングメモリに自動で全展開されるため、常に存在そのものが脅かされている感覚がデフォになっている。まさに生きづらさの根底にある問題である。

経済的問題(お金を稼げない/使えない)

身辺の清潔感にもつながっている問題である。私がお金を稼げないことも使えないことも発達構造に起因するもので、お金を失うことへの恐れがワーキングメモリに入り節約などの行動パターンを生み出しているが、それらは裏目に出ている。

節約に目的がなく、恐れを回避するだけの行動(後ろ向き)なので浪費しないが自分の未来のための経済も回さない。そのため静かに人生が壊れていき、何も身につかない結果になりやすいのが実情である。

身辺の清潔感の問題

主に汚部屋化と風呂キャンセルに関する問題である。これは物理的な溜め込みが発生するぶん発達障害の構造での説明は比較的わかりやすい。
箇条書きにすると以下のようになる。

という具合に不可逆的になる。成果物だけが存在証明として出力されるので、それと関係ない途中経過が切り捨てられてしまう。

組織への不適応

対人関係の破綻

時間と生活リズムの崩壊

ネットを使った現実のハイジャック


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