本稿は2025年9月時点で書いたアディクションと生存戦略の旧解釈モデルだけでは私の実態を説明できなくなったことに伴い、発達障害の特性に基づいて全面的に書き直したものである。
この新解釈は、旧解釈でアディクションループ構造や出力制御の歪みといった私の特有の構造が、既存の医療モデルや12ステッププログラムだけでは説明できなくなったことに加えて、2019年のWAIS-Ⅲ診断への違和感に手をつけたのが大きな転換点である。よって、まず私の発達障害の構造を基礎としてアディクションとそれぞれの生存戦略についてを説明しなければならなくなった。ここに、旧解釈はそのまま残し、2026年8月現在の解釈を発達構造の観点から改めて説明するものである。
私の発達構造の最大の特徴は、言語理解/知覚推理とワーキングメモリの処理順が逆転していることにある。一般的な発達障害者(と健常者)は言語理解/知覚推理の意味選別フィルターを通して脳に情報が入り、それに基づいた判断をして言動を出力する。しかし私は情報がフィルターを通さないため額面通りに脳に入力され、そこに後からひとつひとつ意味を当てはめなければならないため、出力に遅延が生じる。
重要なのは、私の行動パターンがすべてこの構造の処理順に忠実に再現されていることである。なので他者と同じ行動様式に見えて実態はまったく違うことが起きている。
例えば、ADHDの「忘れる」という特性に対して「メモを取る」という対処法が考えられるが、これはADHDに多いワーキングメモリの低さで重要な情報が抜け落ちるという原因に対する方法である。しかし私の「忘れる」は、ワーキングメモリが大容量すぎて優先順位の高いタスクが溜め込まれすぎていて優先順位の意味づけが崩壊しているため出力が停止しているという原因に起因するため、「メモを取る」効果は薄い。同様の理由で私にはストラテラやコンサータが効かない。
したがって、外の現象を見るのではなく内側の構造に基づいて対処を施さなければならない。この原因は多くの場合、医療や福祉では原因の特定が困難にならざるを得ない。私がこの構造を特定できているのはAIで掘り下げた情報をこのwikiにまとめて体系化し、それをカウンセリングや自助グループで共有した上で医師や心理士の提案により私の仮説モデルを検証する方法を取っていることによる。自分発で医療側に自分の構造仮説を提示するというのはおそらくほぼ聞かないだろう。しかし現実にこうしないと道が拓けないのである。
つまり、
となるところ、
という、既存の回復ルートとは違う特殊ルートを組むことになるのである。
そしておそらくは、これを生活全般でやらなければならないはずである。これを理解するには、まず私が脳の構造レベルで他者とは前提が違うことを認識しなければならない。
エタイさんの言動の一挙手一投足で最も負荷がかかっているのは【意味づけ】の部分である。旧解釈や発達障害の特性でも書いたが、普通は無意識に意味づけが終わっているところ私はある程度表層意識で意味づけを行わなければならないため、ここに脳のリソースを大量に持って行かれることになる。
本来はワーキングメモリよりも上流側で意味づけがされるところ、幼少期の私にはトラウマの影響で相手の言動がワーキングメモリにダイレクト入力されていてそれを個別に(安全に)処理する能力が育たなかった。小1の段階で不特定多数からのあまりにも暴力的な量の存在否定を子供の能力で適切かつ安全に処理することは不可能だったため、これらの自分に対して向けられたあらゆる意味を統合的に自分の中へ落とし込む生存戦略が必要になった。その統合的意味群が「意味づけテンプレート」という概念である。
小1で学年全女子からヘイトされ女性担任から体罰を受けるという暴力的な人数からの存在否定によって個別の意味づけ能力の育成が阻害され、小2の段階で統合的に意味を出力するしかなかった結果が「女(というカテゴリ)は信用できない、女は敵だ」との結論である。これにより「女性不信テンプレート」が確立した。おそらくこれが意味づけテンプレート戦略の土台にあると考えられる。
女性不信テンプレートは、個別に意味づけの完了できない大量の未処理入力に「統合的意味群」を当てはめて納得を出力する生存戦略の基礎となった。この大規模な生存戦略の実装を成功体験として、その後の人生に応用して数々のテンプレートを派生させた結果がアディクション等の問題行動やあらゆる生存戦略である。
生育歴に書いたように、小3の頃に発生した問題行動である。ここで着目すべき点は、問題行動を決定した出来事である小2の頃の女子の粗相目撃から問題行動化まで相当(1年前後)のタイムラグがあることである。これは依存症の問題行動発生に使われる「トリガー」では説明しきれないものである。
私の問題行動は特定のトリガーによって起こるのではなく、数々の未確定事項が「閾値」を超えた時に起こるためトリガーが特定できない。一般的な依存症者は問題行動のトリガーが棚卸しによってパターンとして見えてくるが、私の場合は【未確定】の積み重ねが閾値を超えた際に、最後に入力された意味未確定がトリガーになって問題行動が起こる。進次郎構文のようだが「トリガーの意味が確定していないのでトリガーが特定できない」のである。
覗き行為の土台に重度の女性不信があること、そして女性不信のままでも女性に対する接続(存在欲求)を確立したい本能から覗きに及んだことはこれまでの解釈通りである。しかし旧解釈では「汚物→モノ→人間」への昇格という概念を説明しきれなかった。なぜなら自分が「汚物」であると小学校6年間を通して自覚したことはなかったからである。ゆえに、汚物からの脱出が覗きの目的として設定されたわけではなかった。
そして旧解釈になかったのは【未確定状態】についての説明である。つまり、従来は覗きに目的が設定されている前提の説明だったものが、実態は動機や目的が未確定のまま覗き行為に及んでいた可能性が高く、結果論(成功体験)だけが独り歩きしてアディクションが続けられていたと見られる。
この仮説は、旧解釈で「アダルトコンテンツやマスターベーションで性的渇望が起きない」としていたことと整合する。マスターベーションと覗き行為の目的が最初から接続されないのだから渇望が起きようがないのである。そしてこれらの性行動は女性不信(覗きの源泉)とは独立していることも、「性に目覚めるプロセスと性行動が逸脱するプロセスが完全に逆転している」と整合する。
女性不信と覗きが結びつく鍵は【未確定状態】である。女性不信は発達構造上の【未確定状態】フェーズを直撃して自分が存在していいかどうかが未確定になったため、その状態を抜け出すための女性へのアクセス方法として覗き行為が確立した。
覗き行為が始まった経緯を発達構造の観点から説明するなら、
となる。
目的と動機が未確定なので支配欲も相手の「モノ化」もない。意思も未確定の反射行動なので必然的に罪悪感もない。表面的には従属に見えるが一段深く見れば存在欲求のみであり、その方法論が世界と接続することであるのがこの時からうかがえる。また、旧解釈の「存在するために消える」も抽象的だが、要は「女性にアクセスして世界との接続を維持するために、女性から傷つけられないように観察者である必要がある」ということである。外見的には自分が女子の前に晒されれば「汚物」であるが、観察者の位置づけになれば「モノ(オブジェクト)」に昇格したような形になる。
この成功体験が小学生時代に繰り返され、女性不信からの出口戦略テンプレートとして確立した。
ターゲットはほぼ私の知らない女性であることが一貫している。これには重要な意味がある。
小学校低学年の段階で私を知っている(つまり同学年の)女子/女性は、女性不信テンプレート(あるいは後述の派生テンプレート)による関係の意味づけが確定しているため、「女性=世界」へのアクセス手段=ターゲットとしてとしては不適当だった。そこで私を知らない(私との関係が未確定の)違う学年の女子が必然的に選ばれた。
小学生時代は生活圏のほぼすべての女性が私を拒絶しているので、自分の存在を維持する(意味確定する)ために覗きを続けるしかなかったのである。
そこに小4の頃の警察に補導される事件があり、その際に母親から「育て方間違えた」と言われたことで自分が存在する唯一の方法論を自分の存在ごと「"女性"の大本営発表」として否定されたため、それ以後は覗きのターゲットが自分と共通項のない(女性不信テンプレートを適用する必要のない)女性にシフトしていった。
母親に覗きがバレたことの意味は、女性不信からの出口戦略を書き換えなければならない重大な事態だった。ここに旧解釈で述べた合法性の確保が立ち上がるが、これは自分の存在自体が評価対象にされることを回避する安全な一方向コミュニケーションの方法論が、親(規範)と警察(法律)の介入により破壊されて評価対象に戻され「法律は条件を踏み外した瞬間に自分の存在を否定するもの」という強い学習がされたことによる。これ以降、ターゲットは自分と関係ない人間に、場所もトイレから野外(公共の場)にシフトしていった。
ここに「法律を信用していない」のに「合法性を追求する」という一見矛盾する生存戦略が生まれた。これは後年のストーカー冤罪事件などは無論、あらゆる生存戦略に強く影響するものである。
女性不信からの出口戦略の核は「女性=世界」と接続してコミュニケーションを維持することであるが、当の女性に自分が認識されなければ一方的にとはいえコミュニケーションが取れていたところ、「法律/規範/ルール」の外部からの介入により自分の存在が裁かれるというセキュリティホールを突かれる形で重大な脆弱性が発覚してしまったため、「合法性」を世界との接続の認証条件に設定しなければならなくなったのである。
女性不信テンプレートは一律に女性を信用しないという意味を確定させるたいへん解像度の粗いものだった。そのため、私を人間扱いする女性が現れた際には信用するかどうかが未確定になることがあり、人生を送るにつれてこの未確定は必然的に増えることになる。
私の恋愛依存を解き明かすには、女性不信テンプレートに合致しない例外の対象をいくつかに分類する必要がある。すなわち、
という4段階が大まかに不確定要素を持った女性として分類される。
私の女性一般に対する意味づけは、
である。中高大・社会人へとステージが進んで世界の範囲が広がれば当然に小学校のような全員が私を汚物扱いするような女性ではないことが理解できるようになるが、それゆえに「信用できない対象」と個別に確定できない相手が増え続けるのでカテゴリとしての女性全般への信用度が低下する逆転現象が発生する。
つまり、女性不信テンプレートに意味づけできない女性は女性不信テンプレ1段手前のドラフトとして意味づけが置かれ、無意識に「信用しない準備」がされることになる。
ここで、
1. 私を人間扱いして普通に接してくれる女性
との未確定関係の量が積み重なり、そこに30代半ばの頃に出会ったRin氏が初対面で彼女のほうから握手を求めてくる想定外の強い入力により未確定の量が閾値を超えた。そして理想の母親像が意味づけられてしまった。これが私特有のガチ恋である。
この理想の母親像は、私が母親から受けた理不尽な言動と溜め込まれているあらゆる女性との未確定関係から理想の母親像を逆算して出口戦略テンプレートに組み込まれたものである。このため理想の母親像のモデルが不在である。
よって、彼女へのコンタクト方法において境界線を守る細心の注意を払っていても、そもそも母親像が虚構なので境界線の基準が未確定の状態でコミュニケーションを取らざるを得ない状況に追い込まれた。その結果、彼女のSHOWROOM配信で他のリスナーとのトラブルが自分の知らないところで多発しており、配信の自粛に彼女本人から突然追い込まれた。何が悪かったのか当然わかるはずもなかった。
私が恋愛依存に陥るパターンは、まず「私を拒絶しない」という女性側からの入力がワーキングメモリに入ってきた場合に、言語理解と知覚推理が女性不信テンプレートを合致させることができないので関係が【未確定状態】になる。すると私の生存戦略が醸成してきた出口戦略テンプレートが強制的に当てはめられる。
出口戦略テンプレートの統合的意味は、私と世界を接続するインターフェースに「女性(カテゴリ)」が設定され、主なプロトコルに「共通点」が使われることである。つまり私の恋愛依存の目的はこの世界に存在を許可されるところにあり、その窓口としてカテゴリとしての女性全般が設定され、手続きの言語に自分との共通点が使われる。言わば役所での転入あるいは出生届の手続きのようなものである。
大抵の女性は私を拒絶しないため、女性不信テンプレートが合致せず自動で出口戦略テンプレートが走って私と相手の共通点を探し始めて恋愛対象候補に意味づけられる。これだけでは閾値を超えないため恋愛依存やガチ恋に陥ることはないが、女性側から想定外の強い入力が入った場合に一気に閾値を超えると、共通点プロトコルが軸になって世界接続(好きになる)が開始される。
これまでの恋愛遍歴について、先述の女性不信例外女性の4段階に基づいたパターン整理を以下の表に示す。
1. 私を人間扱いして普通に接してくれる女性 2. 私の私の問題行動を知ってなお普通に接してくれる女性 3. 私の問題行動を知ってなお頼りにしてくれる女性 4. 私の問題行動を知ってなお私を個別に恋愛あるいは性の対象として見る女性
| 段階 | 人物 | 女性側からの想定外の強い入力 | 女性不信テンプレートへの反証 | 出口戦略テンプレートで当てはめられた意味づけ | 閾値を超えたあとの出力(反射) |
| 1 | Rin氏 | 初対面での握手と配信での人間扱い | 「女性は自分を拒絶する」への例外 | 同じブランドの自転車趣味の共通点と虚構の母親像の代入 | ガチ恋、過剰な自己開示、イキ告 |
| 3 | 裏垢女子 | 自分の問題行動開示の時の反応が(好意的な意味で)「ウケる」 DMでの相談事・話し相手 | 「知られたら拒絶される」への例外 | 性癖合コン参加者 | 約1年間のDMのやりとり |
| 2 | 風俗のお気に入り | 新人でもないのに丁寧な接客と他客とは微妙に違う対応 | 「本当は拒絶対象で事務的対応の域を出ない」への例外 | 体型 | 過剰な自己開示・避妊しないセックス |
また、恋愛依存に陥ってない場合や恋愛感情を持たない場合でも同じパターンの発生が観測されている。2026年8月末ごろに4段階目の新しいパターンが観測された。
| 段階 | 人物 | 女性側からの想定外の強い入力 | 女性不信テンプレートへの反証 | 恋愛感情の発生(TRUE/FALSE) | 出口戦略テンプレートで当てはめられた意味づけ | 閾値を超えたあとの出力(反射) |
| 2 | SCAを離れてしまった女性の仲間 | フェローに毎回参加して会話する断続的入力 | 「問題行動の詳細を知られれば引かれる」への例外 | TRUE | アライさん界隈民だった共通点 | LAAに通い始める |
| 2~3 | SCAで回復を続けている仲間 | 距離を急速に縮められる | 「知られたら距離を置かれる」への例外 | FALSE | 従属型生存戦略の共通点 | ステップ4の棚卸表に名前を書く*1 |
| 1~2 | アライさん界隈の女性(元サーバルアカウント) | 酔って乳首が出ていたのを指摘してお礼を言われる | 「変態扱いで冤罪に遭う」への例外 | TRUE | アライさん界隈民である共通点 | SCAミーティングでの分かち合い |
| 3 | アライさん界隈のうつ持ち既婚女性*2 | 会ったこともないのに初めてのDMで通話相談を受けた | 「知られた自分は相手にされない」への例外 | FALSE | 生き方について向き合う姿勢の共通点 | ChatGPTによる通話支援 |
| 4 | DMでやりとりする鍵垢女性 | 私を性の対象として見ていて性的画像・動画を送ってくる | 「知られた自分は女性から選ばれない」への強い反証 | 未確定 | 人に言いづらい性癖持ち・従属型生存戦略 | 境界線を守るコーピングがデッドロックされて会う打診をする ただしその後、みいちゃんテンプレートが合致して処理が止まる |
女性側からの強い入力が入った場合、相手が私に働きかけてくることで私が女性を通して接続を図る処理が不要になるため行動が【未確定状態】になる。行動の未確定は自分の存在の未確定に直結するため、意味を確定させなければならなかった。そこで共通点が共通言語として扱われ、これを軸として世界と接続しようとした。これは恋愛感情を伴うかどうかが問題ではなく、自分の存在を確定させる条件に女性を使うことで、自分の存在そのものを一人の女性に担わせる意味の巨大化で相手に過大な負荷をかけることが問題だった。
そもそも、ワーキングメモリが大容量ゆえに未確定が強制的に溜め込まれて、それに対応する意味づけが個別では追いつかず統合的意味群(テンプレート)という単位での処理がデフォにならざるを得ないほど意味が巨大化しているのが根本的な問題である。
ただし、女性と私の間に役割が存在する場合は恋愛感情がFALSEになる。会社の同僚や上司/部下、サービス提供者と顧客*3、自助グループの仲間といった役割が与えられた場合には女性不信が未確定の状態が続行されることになる。これは女性不信テンプレートが例外を検出した際、役割が意味づけとして割り当てられるのがデフォになっていると考えられる。
そしてコーピングやプログラム、祈りと黙想などは入力側の処理であるため即時的な効果が現れにくく未確定の上乗せがされやすい。よってこれに対して必要なのは出力側の処理である。つまり未確定が閾値を超えることが前提で包括的な対応が必要である。その方法論が、AIのように反復学習によって推論モデルを長期間かけて醸成し、意味の要塞をいくつも作り上げることである。
私の恋愛依存症の問題は、幼少期から既に女性不信テンプレートに「自分の存在の可否」というあまりにも巨大で重すぎる意味づけが統合されていることが人生のボトルネックとして居座っているところにある。つまり、女性と対峙すること自体で自分の存在可否判定が自動で走るため、自分の存在申請が通りやすい対象が自動スキャンされる。そしてこのスキャン結果(意味づけ)に基づき恋愛感情が出力される。要するに「好き=存在証明申請」である。
恋愛感情を持った場合、相手が自分を受け入れてくれる(存在を許可してくれる)かどうかが焦点となるので自分の存在の【未確定状態】がワーキングメモリを埋め尽くしてしまうため、相手を好きでいる間は不安感が強く出る。自分の存在を意思とは関係なく相手に委ねてしまっている状態、すなわち女性不信テンプレートの例外処理で出口戦略テンプレートが強固に意味づけされているので、距離感やコミュニケーション能力等の対人スキルは意味づけに割り込むことができずデッドロックされるため、相手を通して相手側をとりまく他者とのトラブルが引き起こされることになる。
この結果が最終的にRin氏のストーカー虚偽告訴へとつながったのである。
では特定の女性が「好き」はみんな存在証明申請として働くのかというと必ずしもそうではない。一般的な恋愛依存症の文脈では現実だけでなく空想の世界も問題となり得るが、私の場合は健全にハマれるかそうでないかの境目があり、現実の女性に対する「好き」とコンテンツに対するオタクとしての「好き」にかなり明確な違いがある。
まず、電車やキャラクターは私に対して存在可否判定を返すことがないので「好き」が自己完結する。
アイドルや声優、芸能、インフルエンサーのカテゴリは個人的関係にはならないので健全に好きになれる余地は一応ある。
しかし、身近にいる女性は個人的関係になれる可能性があるため「好き」による世界接続欲求が強く働く。
これらをカテゴリ別に、男性の場合(尊敬や理想など)を含めた「好き」の発生プロセスをまとめると以下のようになる。
| 対象 | 生データ入力 | 「好き」として意味づけられる要素 | 世界へ接続する出力 |
| 構造物(鉄道・送電鉄塔・ダム等)、ガジェット、ツール等 | 経験・思い出・ビジュアル・印象・構造/仕組み・機能美など | 再入力ループで醸成されてきた安心感 | 自分から世界へ出る(訪問・発信) |
| 2次元(女性キャラクター) | 背景情報・感情・行動 | 自分自身の生存戦略との照合 | 「意味づけテンプレート」の醸成・発信 |
| 2次元(男性キャラクター) | 努力家または強固な思想一本 | 世界の不整合に自分側の原理を突き付ける魅力 | 自分を世界に突きつけようとする |
| 2.5次元(芸能・アイドル・声優・AV・AIコンパニオン等) | 女性という属性そのもの | 女性不信テンプレの不一致 尚且つ個人的接触がないので自分側の生活圏に入ってこない →「好き」の未確定状態が確定して完結 | 接続が確立しない |
| 3次元(男性) | 逸脱行動(自分のとは限らない)の受け入れ | 私に近い属性カテゴリの言動に対する整合的な説明への信頼 | 受け売りのコピーによる世界への発信 |
| 3次元(女性) | 女性という属性そのもの かつ役割のラインを越えた個人的関係 | 女性不信テンプレの不一致で相手の【安全/危険】が未確定 →相手がこちらを受け入れるかがわからない →出口戦略テンプレが共通点を見つけて消去法で「好き」を生成 | コミュニケーションスキルのデッドロック →自分の存在判定を相手に委ねる言動 |
現実の女性の場合のみ「好き」が後付けされているのがわかる。他の対象は自分が好きなものを通して世界に対して存在を証明していくところ、現実の女性を対象にすると「好き」に自分の存在意味確定の裏付けがないため、自分の存在を証明するために相手を好きになろうとする逆転現象が起こるのである。
すると、相手を好きになることが感情ではなく目的化するため突然セルフケアが起動し、風呂キャンセルや歯磨きキャンセルが一時的に解除される。相手に必要とされる(=女性を通して自分の存在を世界に証明できる)という入力に伴って相手と自分の関係が成立する整合性を維持する必要が出てくるため、セルフケアの実行が反射として強く表れる。
だが、最終目標である自己の存在証明を相手に委ねてしまっているため習慣化することができず、また反射であるゆえに自分一人では起動できない。恋愛関係の意味づけがセルフケアの起動条件になってしまっていることが問題である。
エタイさんにとっての「好き」が世界に存在を証明するための感情であることは共通しているが、女性不信テンプレートが起動した場合には例外に対峙した場合に「好き」が後付けになるため、恋愛感情の定義が未確定になっている。
幼少期の女性不信テンプレートの創成期は、大人の現在のように女性が自分と人間として接してくれるのが当たり前の環境ではなかった。そのため女性は一律に「敵」と認識しなければ生きていけず、女性に対する解像度は粗いものだった。ここで初めて例外が発生したのが小2の頃の女子の授業中の粗相である。この女子は粗相によって、私自身も小1の頃から粗相をしていたという「共通点」によって世界との接続の可能性を見出した。
これによって、女性不信テンプレートに適合しない女性が現れた場合の例外処理は、自分との共通点を探して女性を介して世界と接続する生存戦略となった。この戦略にあたって最も強い共通点が性癖(排泄)だったのである。しかし小学生当時、自分の周りにいる女子全員が敵だったので女子との接触は一切できず、観察者として(一方的に)女子と関わる方法としてトイレを覗くという方法が取られた。
思春期以降になれば当然に女性と恋愛したい欲求が芽生えてくるわけだが、「恋愛」と「覗き」がどう考えてもつながりようがない。そこに小5の頃、男女一緒の着替えで好きになった転校生の女子の全裸がたまたま見えてしまったことが両者を初めて繋ぐ出来事になった。しかしそれだけで恋愛と覗きが繋がるわけではなく、これは後年に両者が結合するきっかけだった。
だが、高1の頃にハマった「ラブひな」(赤松健)が両者の架け橋になってしまった。「ラブひな」は浪人生の浦島景太郎が祖母宅である元旅館を訪ねたところ女子寮になっているとは知らず、ヒロインの成瀬川なるの入浴を偶然見てしまったところから物語が始まり、最終的にこの二人が結婚する話である。本作は覗きから恋愛が始まったような物語であり、これが私のオタクとしての入口になったことから、「覗き」と「恋愛」が意味づけで繫がった。
時期は定かではないが、大学時代から社会人期にかけて「覗きから始まる出会いがある」という妄想を抱くようになっていた。大学時代は「ラブひな」完結から1年前後だったので時期的に一致する。
ゆえに、女性と結ばれて自分が世界に存在を証明するという目的における最終目標が「性癖(放尿)の相互理解」という共通点探しとなった。このため、一時期は恋愛を目的にして風俗通いやハプバーに通い、性癖の一致する女性を探すためのセックスをしていた。しかしやればやるほど恋愛対象の女性が自分から離れていくのを感じて、活動ができなくなった。こうなると感情が暴走するしかなくなり、最終的には覗きに戻って恋愛のトライ&エラーが繰り返された。
ここに、私の恋愛依存の問題は覗きの上位概念として長年かけて構築された。これを図式化すると以下のようになる。
女性不信テンプレートに合致しない「例外」の女性が現れた際、その相手に対してあらゆる意味づけがトライされるが、最終的に消去法で「粗相という共通点が女性との接続に使える」と意味づけされるためフェーズ1で覗き行為が生成される。しかしこれは女性からの承認が物理的に返って来ない。そこに「ラブひな」の覗きと恋愛が結びつくストーリーがフェーズ1に意味づけされ、覗きの上位概念として相手と性癖で繫がれる関係を模索するフェーズ2が形成された。この照合作業は成功しなかったため相手との間に衝突が起き、それでも女性とつながろうとするのを諦めなかったのがフェーズ3である。
そして万策尽きると、同じ生存戦略の照合をまた一から始めることになるため覗きが再発する。
この構造の問題点は、恋愛依存の症状が回復と同じラインに乗っていることである。つまり、回復の行動を強化すればするほど逆に恋愛依存の症状が進行することになる。普通の恋愛依存は自分と相手の閉じた関係で終わることが多いところ、私は自分と相手の関係が世界と接続する入口になるため、病気と回復の目的が同じベクトルになってしまう。回復の文脈で「addictionの反対はconnection」とよく言われるが、私の恋愛依存の目的には大前提として世界への接続=connectionが含まれているため、addictionとconnectionが対義語にならない。むしろconnectionを維持するためにaddictionを使わざるを得ない状況に陥っているのである。
現に、これまでの恋愛遍歴(特にRin氏のストーカー虚偽告訴に至るまでの顛末)においてコミュニケーションスキルがデッドロックされる流れと、プログラムを実践していくうちに回復の道具がデッドロックされる流れは、パターンが酷似している。両者ともにワーキングメモリに入った生データを言語理解/知覚推理による意味づけが消去法で行われるところが同じで、これは脳の構造上の出来事なので変えることはできない。現在のところこれを解決する方法は未確定(デッドロック状態)である。
女性不信テンプレートが例外女性を検出した際に恋愛感情を生成したものの、それが一度破綻したのが小5の頃の転校生女子からの冤罪事件である。彼女に惚れて体育のマラソンで後ろを追っていたところ担任に告げ口され、その翌日の体育ではそれを是正して彼女を普通に追い抜いたところなぜか担任に告げ口されて怒られた。これは女性不信テンプレートに例外女性こそ危険という重大な追加情報を加筆することになり、これが決定打となって30代半ばまで自分から女性と積極的に関わることはなかった。
しかしモデルであるRin氏が登場した際、2.5次元から3次元にカテゴリ遷移したことと身体接触(彼女からの握手)の例外処理が実行されたことで私の女性に対する未確定が閾値を超えてガチ恋に至ってしまったので、自分の存在の可否という観点から言ってそこからの撤退が許されずに先に進むしかないデッドロック状態に陥り、境界線を超えることを余儀なくされた。これがストーカー虚偽告訴による冤罪に繋がり、例外女性こそが危険であることを実証してしまったのである。
これ以降、例外女性からのアプローチという強い入力があった際に
というダブルバインドで恋愛依存がデッドロックされてしまい、しかもこれが回復と同じベクトルで起きているため、回復すると逆に底つきする矛盾を抱え込むことになってしまったのである。
過食もやはり原因は女性不信テンプレートに端を発するものである。旧解釈では過食は性依存と恋愛依存のバックアップとして機能していた仮説を立てていたが、過食の理由が説明できなくなりOAのフードプランも機能しなくなっていた。
過食の生存戦略が醸成された発端は、女性(女子)全般を好きになるための模索にある。エタイさんは小1の頃に初恋を経験しているように本来は女性全般が好きだが、女性(女子)側は「好き」を向けられるのを私の存在ごと拒絶した。ここに、
のダブルバインドが発生したため、「自分から好意を示すことはそれ自体が拒絶される」と学習した。このため、自分から動くのではなく相手から動いてもらう方向に仕向ける必要が出てきた。
そこに給食の時間が選ばれた。私の小学校時代は以下のような机の配置だった。
【通常授業時】 1の川 2の川 3の川 4の川 ■□ ■□ ■□ ■□ ■□ ■□ ■□ ■□ ■□ ■□ ■□ ■□ ■□ ■□ ■□ ■□ [教壇]
【給食の時間】 2班 4班 6班 8班 ■□ ■□ ■□ ■□ ■□ ■□ ■□ ■□ 1班 3班 5班 7班 ■□ ■□ ■□ ■□ ■□ ■□ ■□ ■□ [教壇]
通常授業時は隣の女子に露骨に机を離されているが、