| 年齢 | 出来事 |
| 6歳(小1) | 鼻ホジ(チック)により学年中の女子全員からヘイトされる |
| 9歳(小3) | トイレに行って手を洗わないことを、私を唯一人間扱いしていた女子から汚いと言われて次から手を洗うようになる(これだけは現在も続いている)。 |
| 10歳(小4) | 清潔にする目的が「女子から人間扱いされるため」に固定される。しかしそれで認められることはない。 |
| 11歳(小5) | 給食で汁物を白米にかけて食べることが常態化し「ゲテモノ食い」と言われる。調理実習で「エタイに食品を触らせるな」とのお触れが回る。 |
| 13歳(中1) | この頃から歯磨きの頻度が減り始める。 |
| 16~18歳(高校時代) | 服装点検で学ランの第1ボタンを開けたりしないタイプだったが、なぜか引っかかることが多かった。 |
| 19歳~(大学時代) | この頃から風呂キャンセルが始まる。鉄研をクビになってから顕著になった。 |
| 20歳(大学2年) | 激安の服を買い、なぜか当時のオタクファッション(チェックシャツ+ブカブカチノパン)に行き着く。 |
| 21歳(大学3年) | スーツにスニーカーで就活して人事担当者に怒られる。意味はわかっていない。趣味に金をかけることこそ至高であり服に金をかける奴は馬鹿だと思っていた。 |
| 22歳(新卒) | 就職して金の力で一時的に身だしなみが改善する。オタクファッションの私服はそのまま。 |
| 27歳 | 勤めていた会社が倒産して失業保険が切れ、身だしなみが崩壊する。風呂キャンセルが復活する。警備員の服装点検で毎回注意される。 |
| 28歳 | 革靴が壊れて新しいものを買えなくなる。スーツやワイシャツがヨレヨレになり新調できないので就活ができなくなる。 |
| 29歳 | 部屋が散らかり始める。 |
| 31歳 | 婚活で結婚相談所に登録の際、女性スタッフから「私に会う服装考えてきた?」と言われて「はい」と答えるが「絶対嘘だ」と言われる。 |
| 32歳 | 「服を着るならこんなふうに」(縞野やえ)の連載が始まり、わかりやすい解説で身だしなみを整え始めるが、金がなくて挫折する。部屋が主に服でゴミ屋敷状態になる。 |
| 33歳 | 身だしなみを維持するために穴の開いたスキニーを履き続ける本末転倒が始まる。ソープやハプバーに行くときだけ風呂に入るようになる。 |
| 34歳 | ソープのお気に入りに散々歯医者に行けと言われ、行ったら虫歯が17本あることが発覚する。歯磨きは年1回あるかないかになっていた。 |
| 35歳 | 虫歯が進行しすぎて部分入れ歯になり、治療過程でデンタルショックを起こしトラウマになる。 |
| 36歳 | 虫歯が完治して歯磨きが3ヶ月に1回程度に改善される。 |
| 37歳 | SCAに繋がる。一人暮らしをして人生で初めて服をクリーニングに出す。 |
| 39歳 | 十数年ぶりに体重を計り112kgあることが発覚する(それまでずっと95kgだと思っていた)。体組成計を買う。 |
| 40歳 | コンサータが処方されなかったことをきっかけに睡眠時無呼吸症候群の治療を始め、食事療法で体重が108kgから減り始める。入浴が週2回に改善される。 |
| 41歳 | 仕事で収入が増えてPCに集中投資が始まると病院に行かなくなる。体重は停滞気味になる。 |
| 42歳 | 別のチャットでポスティングエネルギー戦略を始め、減量が続くが、wikiを立ち上げたことをきっかけに戦略チャットが止まる。現在83kg。 |
自分の身の回りのことができないのは起点に「汚物扱い」のトラウマが居座っていることは最早言うまでもない。しかし、実際にはそれだけでは説明できないロジックと特性により片付けられない構造が成り立っている。
この遍歴で一貫しているのは、清潔・身だしなみが「自分のため」になった時期がほとんどないという一点である。すなわち、
であり、自分の生命を守るためではなかった。清潔かどうかを女性と組織に判断を委ねている従属戦略が根底にあるため、必然的に他人が境界線を越えて支配してくるのを容認することになる。これが面接に受からない・ブラック企業に入ってしまう等の一因になった。
身だしなみの目的設定が本来の目的:
から外れて、
という"交渉カード"になってしまっていた。これが他人には機能・主体・安全の目的を逸脱しているように映ることが、面接に受からなかった一因と思われる。
この従属的身だしなみは、本来の身だしなみの目的から逸脱して自らの主体性を放棄する行為ゆえに必ず破綻する。そのため、幼少期の段階で身なりを整えても女子から人間扱いされることがなかった無力感とともに「身だしなみ=無報酬の罰ゲーム」との刷り込みが発生し、自分で金を稼ぐことができる年齢の大学時代以降は「服に金をかける奴は馬鹿」との結論に至った。
今にして思えば何故なけなしの金を使って罰ゲームをやらなければならんのか意味がわからなかったし、清潔感を出す意味を理解することはできなかった。昨今でも女性が恋愛の最低条件に「清潔感がある人」と挙げることが多いが、その一方で男女論は女性側が「やけんモテんと思う」論法や「チー牛」を差別用語として使っている矛盾した実態のもとでは、清潔感なるものは意味がないと思わされるのも無理はないだろう。私にとっての清潔感とは「やっても意味がない自己否定儀式」「負けが確定している賭け」「手の込んだ自殺」だったのである。
風呂キャンセルと歯磨きキャンセルも同様に、整えても存在が救われない悟りを開いてしまったことによって発生している。特に歯磨きキャンセルは、幼少期の摂食障害行動の一端である試食や給食ねこまんま食いと鼻ホジチックが結びついたため早い段階でキャンセルが始まり、女性不信の身体症状と言うべきレベルの深刻化を伴った。これは虫歯17本が発覚したことが象徴的である。
風呂キャンセルは切り替え負荷の異常な高さが大きな要因にある。ASDの過集中(ハイパーフォーカス)発動中は主に私が存在証明行動を起こして没頭しているため、これを中断すると自分の存在そのものが中断される錯覚への恐怖が生まれるため、中断そのものがやりたくてもできなくなる。そのため風呂が敵になる。また、存在証明行動の優先度で風呂は最下位なので必然的に許可制として働く。
一方で温泉には普通に入れる。これは温泉に行くこと自体が存在証明の回路に組み込まれているからである。温泉は人生を肯定する作用があるが、自宅での入浴は人生を否定する作用があるために入れない。
風呂キャンセルが始まった大学時代は、個人サイトでの創作活動を始めた時期と一致する。クリエイティブが私の存在証明の生存戦略として強く合致したことの証左であり、これによって自分が「汚物」に戻らないための役割が創作活動に移ったため風呂が不要になってしまった。
私にとっての風呂は「身体を清潔にすること」ではなく「汚物に戻らないこと」だった。両者は一見同じようだが、後者には存在証明の意味合いが強くあるため、創作活動が生存戦略として完全に代替してしまったので風呂の役割が失われた。以降、風呂は存在証明を中断するものとして精神的に多大な負荷をかけるものとなった。
しかし風呂と歯磨きはそれ自体が嫌いなわけではない。にも関わらずキャンセルが発生するのは、風呂や歯磨きにASDのハイパーフォーカスモードが働くと存在証明の生存行動をはじめとした他のことがすべて犠牲になるからである。私にとっての風呂は身体のメンテナンスではなく生存戦略の強制終了なので、制作や他の作業を中断して風呂に入ることはPCを強制終了するのと同様に神経系にダメージを蓄積することになる。よって毎日風呂に入ると逆に病んでしまう。
やっとのことで入浴しても、時間が許すならばカラスの行水になることはない。入浴して身体をきちんと洗い湯船につかり、上がったら身体を拭いて服を着る。しかしこれが過集中で行われると、むしろ風呂以外の生活をするために神経系が強制終了するため力尽きて何もできなくなる。すると入浴したことが後悔の体験として残るため、風呂キャンセルが強化される。つまり、入浴するだけで神経系が2回も強制終了して再起動を伴うためタイムパフォーマンスとワットパフォーマンスが非常に悪く、身体のメンテナンスが報酬にならないため真っ先に切り捨て対象になるのである。
私の神経系(発達特性)にとっての正規の入浴手順は、他の存在証明行動がドン詰まりになった時である。存在証明を止めないことが重要であるため、ここで初めて入浴が神経系から許可される。これはPCの正しいシャットダウン手順のようなものであり、その他の理由で風呂に入るのはPCの電源を引っこ抜いて強制終了するようなものである。入浴を毎日することは現状では正規のシャットダウン手順を無視することと同義なので、風呂を習慣化すると生活が即座に破綻するのである。
身体を清潔にすることを実行するのを止めている要因は1つや2つではない。いくつもの階層が複雑に絡み合っているため、できないことを説明するのは困難を極める。
私のWAIS-Ⅲはワーキングメモリ128/処理速度72の凹凸差がある。これは、作業の全体像・派生作業・後工程・例外ケースまで一瞬で展開される一方、それを実行に落として処理するには大きなエネルギーと時間がかかると即座に見抜くことができるため、完走できないことが作業する前に判明して脳が着手を拒絶するということである。問題はこれが一般的な生活上の営為すべてに発生するため一人暮らしを始める前から既に生活が破綻していることにある。このため、生活を維持するために一番最初に損切りするのが風呂と歯磨きとなる。
ここに創作活動が入ってきた場合(特にコミケの原稿と東方乗車録メドレー)、存在証明という生存戦略上ではクリエイティブの優先度が最上位のため玉突きで優先度最下位の風呂と歯磨きを損切りせざるを得なくなる。言わば、普通に生活しているだけで終電まで残業しているような負荷がかかっている(体感だけでなく現実にそう)*1。
私の生存戦略上、限られたエネルギーは存在証明に寄与する順に注ぎ込まれ、そのエネルギーは自分の意志とは関係なく無尽蔵に使われる。生活上のあらゆる行為に割り振られるのではなく一点集中する。そのためエネルギーが尽きるまでひとつのことに集中する結果になりやすい。
エネルギーを割り振る優先順位は以下のようになる。
私の生存戦略上、最も存在証明に寄与するのは創作活動である。このため大学時代から20年以上創作活動に没頭し、クリエイティブ職を10年ほど渡り歩いた。そしてこれをネット上に載せていくことで爪痕を残すことに寄与した。ここにエネルギーを全振りすることは自然である。これは神経系が最適化された結果と考えられる。
報酬が即時的に得やすいものにすべてエネルギーが使われるため、生活に必要なエネルギーが枯渇しやすい。治療行為である棚卸しもAI生成とWeb制作*2を内包した構造になっているので創作活動に含まれ、ために棚卸しに過集中して生活が崩れるといったことも起きる。
生活の一つ一つの行動それぞれについて「入り」と「抜き」に膨大な切り替えエネルギーを消耗するため、存在証明行動が過集中に入ると生活上のタスクが下位から選択されて犠牲になる。特に大学時代以降、信仰が定着して朝夕の祈りが習慣化したので切り替えが一日当たり4回も増えたことから、生活の優先順位最下位の身辺メンテが玉突きで犠牲になった。大学時代の風呂キャンセルが異様に酷かったのはこのためである。
小学校6年間の不特定多数の女子からのいじめは、清潔感に関する意味づけを根本的に狂った形で学習させた。本来なら清潔感は自分を大切に扱うためであるところ、「女性からの承認を得て人間扱いされるための条件」と誤学習した。これはまさに女性全般への恐れの感情から他者に人生を明け渡す、自他境界の曖昧な状態である。これは清潔感の名を借りた従属で他者へのコントロール欲求であるゆえ、承認が得られずに終わり無力感だけが残る。
加えて、弟から金を奪われ続けた原体験がこれに結びついた。身だしなみで他者からの承認が得られず使われるリソースだけがなくなっていくことを「奪われる投資」と認識したため、これが大学時代からある「服に金をかける奴は馬鹿」との価値観に至った。回収不能の投資と判断されたため、「清潔感と身だしなみはコスパ・タイパ・ワッパが最悪の負け確投資」という認識となったので、一番最初に損切りするのは当然だったのである。
この層はつまるところトラウマの再演である。象徴的なエピソードを遍歴から抜粋する。
| 31歳 | 婚活で結婚相談所に登録の際、女性スタッフから「私に会う服装考えてきた?」と言われて「はい」と答えるが「絶対嘘だ」と言われる。 |
これは単に身だしなみを指摘されたという話ではない。このときの服装は機能美を優先していて、どの場面でもオールラウンドに着れることを目的として新しい服を着ていた。それがたまたま婚活の場に相応しくなかっただけの話なのだが、身だしなみを(概念を根本から誤ったまま)考えてきたことを「嘘だ」のラベリングの一言で全否定される形で「語り」を奪われる認知的支配が起きた経験である。私には言われたことの意味がまったく理解できなかったが、それはトラウマ反応でフリーズしていたからに他ならない。
ラベリングの内容はおそらく「不誠実」「自己認識が甘い」「口だけ」「言われたことに合わせて嘘をつく人」といった類のものだっただろう。つまりこのスタッフ(というよりは婚活業界全体)の支配体質から無意識に出たものと思われるが、私の従属戦略がそういった場に引き寄せられて自ら断罪されに行くことに足を運ばせた結果である。
これと同じことが、元井と揉めた時に起こった。彼は典型的なチン騎士で従属者の皮を被った支配者である。私にとっての非モテオフ会は女性から承認されるための足がかりとしての彼を懐柔する手段だったが、支配型の彼と従属型の私は相性最悪(悪い意味で最高のマッチング)だったため、承認の手がかりとしてアディクションを語った*3ところ、彼は自分の理想の女性像(現実の女性ではない)を基準として性嗜好を断罪したのである。
これは婚活の場*4において清潔感の延長線上に性嗜好が位置づけられている点では結婚相談所エピソードとまったく同じであり、身だしなみを使って自分の存在を他者に引き渡していた私にとって同質の傷つきだったことがうかがえる。
ここには「維持しなければ存在が承認されない」との安全欲求に対する条件が設定されているが、つまり「0点なら最初からやらない」逆の完璧主義である。幼少期から清潔感を身につけようとしてもすべて否定されてきた無力感がベースにあり、トラウマ防衛反応である。この歴史の積み重ねは否定しようがない。この学習によって身だしなみのキャンセルが強化されていったのである。
トラウマにおける解離とは感情や感覚が部分的あるいは全体的に停止したりすることである。私の場合、まず幼少期に清潔感に対して「清潔にしても女子(=女性全般)からの存在が承認されず排除される」無報酬ゆえに金と時間とエネルギーを無駄に消費するだけでコスパ・タイパ・ワッパ最悪の危険行動として認識された。そこに大学時代、創作活動と出会ったことから存在証明の生存戦略が確立したため、必然的に風呂と歯磨きと身だしなみは真っ先に損切り対象になった。すると身体の感覚は創作への過集中に許可を出し、身体を清潔に保つ感覚や感情を遮断する。
これは風呂キャンセルというよりは、もっと深い「感覚キャンセル」と言うべきものだろう。私は掃除や風呂に対してスッキリするという感覚が理解できない。それを理解することは女性からの存在承認に失敗して破滅することに繋がると脳が学習して安全回路により感覚が停止しているのである。これが清潔感における私の解離である。
エタイさんは掃除が困難な状況にある。これは単に汚物前提という話ではなく、発達障害の特性が大きく関与していていくつもの階層が居座っていることによる。
部屋の状態についていくつかの特徴を列挙する。
これもまた、発達障害の機能的な問題が表層にあり、その下にトラウマが居座っている。「作業」と「片付け」が同一のプロジェクトにならず分断されている。
ワーキングメモリと処理速度の差によって情報が過多に流れ込んできて処理が詰まって破綻することになるため、制作など大きな作業に取りかかる際に無報酬セクションである片付けが意識とは関係なく損切りされる。さらに、幼少期の段階で片付けが無報酬であることを徹底的に叩き込まれているため、損切りが最優先で行われている。
掃除という大きな作業に対しては、そもそも掃除自体が原状復帰の手段ゆえに無報酬なので着手する選択肢が最初からない。また、着手しようとするとワーキングメモリが作業工程を見積もって掃除用具だけは揃えるが、着手がロックされているのは変わらないので、掃除を計画した瞬間に絵に描いた餅になる。
着手の選択肢を無意識に最初から排除しているのは、身だしなみと掃除に終わりがないからである。継続するということは、無意識がエネルギーを無尽蔵に搾取されると認識しているということである。一生この恐れに立ち向かっていかなければならないのはしんどい。マジでやってられん。
部屋の秩序が崩壊している要因も、いくつかの階層で構成されている。風呂キャンセル/歯磨きキャンセルと共通しているのは発達特性が土台となり、その上にトラウマが乗っかっているところにある。
ワーキングメモリの高さは空間認知で強みになる一方、処理速度の低さがその認知を実行に出力する機能が弱いのが最大の弊害である。作業を始める前に手順や設計を「メモリに展開」はできるが、これを現実の「実行処理に収束」することは著しく困難である。この展開と収束はフェーズごとに構成される。
一言で言えば、作業に対する展望が大容量ワーキングメモリで見えすぎるせいで、メモリへの入力容量がパンパンになったのに動作出力が遅すぎて追いつかず渋滞を起こしているのである。すると何が起こるかというと、生活上のタスクが未完了のまま次のタスクに移行しなければならなくなるので、未完了のままになっている生活の跡がミルフィーユのように層となって蓄積されていく。これが積み重なった結果が汚部屋化である。
私の回路はワーキングメモリにひとつの作業に関することを一切合切展開するが(メモリに入力)、そこには当然、処理できない情報が含まれている。この処理できない情報の核が「不可逆的な正しさ」である。不可逆的な正しさとはその場で確定せねばならず答えを保留できない要素であり、これを処理するために負荷が集中するためエネルギーを著しく消耗する。よって私の無意識が機能としてこれを処理する回路を遮断し、処理できない状態は最初からなかったことになって作業が進む。
ワーキングメモリに展開された情報の一部は成果や結果となって収束し、処理が完了する。処理できない片付けなどの情報はそのまま残るが、生活には常に次のタスクがやってくるため前のタスクは強制終了(タスクキル)されてワーキングメモリの内容が破棄される。しかし破棄されたのは情報だけで物理的に展開したものは残ったままになる。これが処理できないまま積み重なって汚部屋となってしまう。
エタイさんはエネルギーの運用が著しく崩壊している。GARMINのスマートウォッチのBodyBatteryを見てみると、睡眠時間はあっても中途覚醒が多々あり回復しきらないまま起床、起きている間はストレスレベル75%がデフォ(トラウマ治療前は95%)、それが自宅静養中でも一日中続いている。PCでの作業中や自助グループでストレスレベルが下がることはあるが、回復には至らない。睡眠を取れば回復はするが、デフォのストレスレベルが高すぎて実際の入眠から入眠判定まで4時間かかることもザラにある。
このレイヤーの根底にあるのは組織トラウマである。小学校の同学年の不特定多数の女子にいじめられた経験で、女性不信トラウマよりも組織トラウマのほうが先に形成された。子供の脳は加害を「個人の問題」として処理できない(未発達)ため、「女性対自分(対個人)」ではなく「一対多(対構造)」として対人トラウマではなく環境トラウマとして処理された。このため、存在否定に対する警戒を24時間体制で大容量ワーキングメモリに全展開・常駐して占有することが日常のデフォルトになってしまった。寝ている間もATフィールドを展開しているため中途覚醒が高頻度で発生する。
片付け・掃除・風呂・歯磨き・身だしなみといった身の回りの清潔を維持するタスクは一般社会ではできて当たり前とされているため、これらは必然的に未達が存在否定に直結する。よって存在否定のシナリオが細部まで展開され、できない理由が強固なものになる。できないタスクに負荷をかけようとするとフリーズするので脳は損切りを安全装置として作動する。
一言で言うなら、高すぎるワーキングメモリが仇になってトラウマに乗っ取られ、細部まで容量いっぱいに全展開しているのである。ワーキングメモリの容量が平均値の健常者には同じようなトラウマがあってもこういうことは起きない。
この社会は、「できなければ認められない=間違えたら取り返しがつかない」要素が一般常識として蔓延しすぎていると私は感じている。小学校6年間の存在否定いじめトラウマはまさに「間違えたら取り返しがつかない」の最たるものであり、この不可逆的な正しさに人生を蝕まれてきた経験が染みついてしまっている。身の回りを清潔にできない=存在否定される(不可逆)ことは修正不能と学習されているため失敗が許されない環境を自身に内包してきたので、間違えるくらいなら最初からやらない選択をせざるを得ないのが生存戦略だったのである。
上位の階層では、トラウマに乗っ取られた不可逆的正しさ(~ねばならない思考)がプロセスごとに順番に直列展開されて損切りの判断に負荷を要したが、この階層では汚物トラウマに起因する、
といった無意識の恐れが同時に並列展開される。大容量ワーキングメモリはこれができてしまうため、トラウマが"気付いた瞬間に備えろ"と段階処理せず一気に全展開する。すると実際の行動は「判断」ではなく「反射」になり損切りの即時性が跳ね上がる。ワーキングメモリが飽和するので一気にPCで言うブルースクリーンに突入する。
女性不信トラウマはワーキングメモリ上では安全弁のようなものであるため、コーピングできない。というかしてはいけない。このレイヤーはコーピングすること自体が女性全般に私の存在承認を明け渡す行為である。
根源
「自分は世話されてよい存在だ」という感覚が、まだ身体化していない
頭ではわかっている。 霊的にも、理論的にも、治療的にも理解している。
でも生活レベルでは、
「ここまで生きた自分に、 これ以上手をかける価値があるのか?」
が、まだ完全にはYesになっていない。
根源
生活が「安心」ではなく「試練」だったこと
あなたにとって生活とは、
評価される
ミスを責められる
人間扱いされない
場だった。
だから生活を整えること自体が、 無意識に危険信号になっている。